帯広に住んでいて、ここのパンを食べたことがないという人は、おそらくいないでしょう。戦後の創業から現在まで、変わらず地元に愛され続けてきた「満寿屋」です。お客さんは世代を問わず老若男女、みんな満寿屋のパンを食べて笑顔になります。そんな地元に根づいたパン屋さんでありながら、実は満寿屋は全国のパン職人から注目される存在でもあるのです。一体、どういうことなのでしょう?
満寿屋の創業は、戦後間もない昭和25年のこと。もともと菓子やパンづくりの修行をしていた初代・杉山健一さんが、帯広市に開業したのがはじまりでした。そのため、当初はまんじゅうなどの菓子も店頭に並んでいたといいます。
店名の「満寿屋」とは、初代の母の名が「マス」だったことに由来しているのだとか。店内には常時50種類のパンが売られていて、次々にお客さんが訪れては、たくさんのパンを購入していきます。途切れることのない客足から、本当に地元に根づいた、地元の人が日常的に食べているパンなのだということがうかがえます。
満寿屋のパンは、十勝産小麦100%。行く行くは小麦だけではなく、すべての食材を十勝産にしたいと考えているそう。……と、簡単なように聞こえるかもしれませんが、これ、実はすごいことなのです。初代・健一さんの孫であり、現社長である杉山雅則さんが、教えてくれました。
「国産小麦、それも十勝産小麦ですべてのパンをつくりたいと考えたのは、実は二代目である私の父なんです。ただし、当時の国産小麦の99%は、うどん用。パンづくりに適した国産小麦の品種がなく、パンは輸入小麦でつくるのが業界の常識でした」(雅則さん)
二代目・健治さんは試行錯誤を繰り返しますが、道半ばで急逝してしまいます。その思いを受け継ぎ、健治さんの妻の輝子さん、そして雅則さんは、新しい品種の誕生もあり、ついに地元十勝産小麦100%の夢を達成します。それが平成24年のこと。健治さんが夢を抱いてから、実に四半世紀もの年月が過ぎていました。
業界の常識を覆す偉業を達成し、メディアで取り上げられる機会も増えましたが、満寿屋が地元に愛されるパン屋さんであることに変わりはありません。朝の食卓を彩り、部活帰りの学生のお腹を満たし、農作業の合間のおやつとなり、今日もパンを頬張る人々を笑顔にしています。そこで、人気のパンを少しだけご紹介していきましょう。
甘い豆がゴロゴロ入った豆パンは、北海道ならではの味。満寿屋の「たっぷり豆ぱん」に使われている豆はもちろん十勝産で、その名の通り、惜しみなくたっぷりと入っています。
豆がおいしい十勝だからこそ、シンプルなあんパンはそれだけで上質なごちそう。
ガッツリ食べて空腹を満たしたい時はこれ。大きめのコロッケはしっかりとソースに浸かっていて、パンのほのかな甘みとマッチします。
「白スパサンド」とは聞き慣れない名称かもしれませんが、満寿屋の人気商品であり、看板商品であり、帯広名物と言っても過言ではありません。スパゲティを自家製のマヨネーズで和えたサンドイッチは、一度食べたら忘れられない味です。
おやつに最適なネジリドーナツを食べる時は、手や口の周りが砂糖で汚れるなんて気にしちゃいけません。豪快にかぶりつきましょう。
ここまで見てきて、満寿屋のパンがどれもかなりリーズナブルなことにお気づきでしょうか。強いこだわりの元に生み出されたパンでありながら、こうした価格帯で販売されているということに、むしろ店としての心意気を感じます。
「2030年には、十勝をパン王国にしたいんです」(雅則さん)
十勝のパン屋さんは、いつか食材すべてを十勝産にすることを次の目標に掲げ、日々努力を重ねているのです。