十勝のチーズといえば、もはや商品名になっているほど、全国的にもよく知られています。そんな中、小さな工房ながら、理想のチーズを一心に追い求めて暮らしている職人さんがいます。足寄町にある「しあわせチーズ工房」の本間幸雄さんです。長野県出身の本間さんが足寄に行き着いたのには、どうやらたくさんの出会いが関わっていたようで……。
2019年10月30日、中央酪農会議が主催する国産ナチュラルチーズの品評会「ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト」が開かれました。そこで第三席となる中央酪農会議会長賞を受賞したのが、しあわせチーズ工房の「茂喜登牛(もきとうし)」です。
優しいミルクの甘みに、ほのかなエゾマツの香りが特徴的なチーズで、熟成が進むと、とろけるカスタードクリームのような柔らかさになるといいます。さらに、しあわせチーズ工房からは「しあわせラクレット」も優秀賞に選ばれました。
壇上には、しあわせチーズ工房の代表を務める本間幸雄さんの笑顔がありました。自他共に認める素晴らしいチーズを生み出すまでに、本間さんにはさまざまな出会いがありました。
最初に出会いが訪れたのは、高校生の頃。たまたま見たドキュメンタリー番組で、牛を飼いながらチーズづくりをしている人を知り、感銘を受けます。さらには、フランス産のチーズを食べる機会もあり、そのおいしさにすっかり魅了されてしまったのです。
地元長野県の農業大学校を卒業後、山梨県にある乳製品を加工する会社に就職。念願のチーズづくりに携わるようになったものの、思い描くような味が出せません。そこで、北海道で勉強しようと移住を決意します。
向かったのは、以前に研修で訪れたことのある、農場兼チーズ工房の「共働学舎新得農場」です。共働学舎では牛がのんびりと暮らし、人々はその新鮮な生乳でチーズづくりに励んでいます。チーズ職人にとっては、まさに願ってもない環境。しかし、やはり思い描く味にたどり着くことができません。
そんなある日、またしても出会いが訪れます。フランス人のチーズ職人と話すチャンスがあり、そもそもミルクの味が違うのだと教えられたのです。「フランスでは、山岳酪農の牛のミルクを使っているからね」と。
北海道でも同じような酪農をしている人はいないだろうかと、さまざまな牧場に出向き、話を聞く日々が続きます。そんな中、本間さんのチーズ職人人生にとって最大の出会いを果たしました。「ありがとう牧場」の吉川友二さんです。ありがとう牧場では、自然な放牧地で牛たちがのびのびと草を食んでいます。そしてそのふん尿は、土地に還元され、さらに土地を肥やしていきます。
また、超プラス思考とも言うべき吉川さんの人柄にも惚れたという本間さん。ただおいしいミルクをつくるというだけではない、地球を救うんだという信念の下、ひたすらいいものを求める姿勢……こんな人のミルクでチーズをつくりたいと、強く思ったのです。
2013年には「ありがとう牧場しあわせチーズ工房」としてチーズの製造を開始、そして2016年にとうとう「しあわせチーズ工房」として独立を果たします。そう聞くと、吉川さんに出会ってからは順風満帆だったように思いますが、チーズづくりはそれほど単純なものではありません。
牛が食べる場所を変えると、草が変わり、チーズの味も変わってしまいます。熟成庫が安定するのにも、2~3年を要しました。チーズづくりには、職人の勘というものも必要になってきます。試行錯誤はまだまだ続いています。
本間さんは、チーズづくりに励む毎日の中で、もっとチーズのことや酪農のことを一般の人にも知ってもらいたいと思っています。農村と消費者との距離を近づけたい、と。その距離が近づいた時、本間さんの姿を見て、チーズ職人に憧れる高校生が出てくるかもしれません。第二の本間さんが誕生する日は、そう遠くはないのかも……。