「十勝牧場」という名前でイメージするのは、どんなことでしょうか。豊かな十勝の大地で、ゆっくり草を食む馬の群れ? はたまた、乳牛がたくさん並ぶ牛舎で、搾乳している様子? 実は十勝牧場で行われていることは、そうした一般的な牧場とは少し異なります。正式名称は「独立行政法人 家畜改良センター 十勝牧場」。一体どんなことをしている牧場なのか、ちょっと覗いてみましょう。
十勝牧場の歴史は、明治時代にまでさかのぼります。明治43年、種馬牧場として現在と同じ地に設立されたのがはじまりでした。主に軍用馬の育成を目的としていたそうです。戦後は畜産振興を進めるため、農用馬の他に、肉用牛、めん羊の育種改良機関としての役割も加わります。
十勝牧場の用地面積は約4,100ヘクタール。そのうち施設用地面積は約230ヘクタール、飼料生産面積は約1,330ヘクタール(うち放牧地420ヘクタール)、あとは自然野草地、原生林、河川などがあります。
この広い場所に、現在、肉用牛約650頭、乳用牛(種雄牛)約100頭、農用馬約200頭、めん羊約150頭が飼育されています。あまりの規模の大きさに、もはや数字を見てもピンと来ないかもしれませんね。
さて、育種改良機関といっても、こちらもあまりピンと来ないという人が多いのではないでしょうか。業務は多種多様にわたるため、具体的にどんなことをしているのかをすべてお伝えすることは難しいのですが、主なものを見ていきましょう。
たとえば、肉用牛について。全国各県に優良な銘柄牛がいるのは、きっと誰もが知るところでしょう。しかし種雄牛の血統を維持しつつ改良を進めるうちに、優秀な一部の血統に偏り、血縁関係が濃くなることが危惧されます。そこで十勝牧場では全国的な視点から優良な牛を導入し、遺伝的に多様性のある雄牛群を整備しつつ、各系統の優れた産肉形質が期待できる種雄牛を供給しているのです。
また、農用馬の改良を行っているのは、なんと全国で十勝牧場のみ。農家の血統が濃くならないよう、十勝牧場の優秀な血統を維持すると共に、種畜の配布を行っています。新たな取り組みとしては、人工授精技術を普及させるため、人工授精師の資格取得に向けた講習なども行っています。ちなみに農用馬の人工授精師の資格が取れるのも、十勝牧場だけです。
めん羊についても、農用馬と同様です。優秀な血統の維持、そして種畜の配布。人工授精師の資格取得のための講習なども、もちろん行っています。(ただし、めん羊の場合は、めん山羊として長野支場でも資格の取得が可能です)
十勝牧場で行われている業務は、家畜の改良だけにとどまりません。家畜にとって重要な牧草・飼料作物に関する業務も、忘れてはならないところです。国内で育成された優良品種の「もと種子」を海外にて増殖させ、さらにその種子を輸入しています。これは気象条件やコスト面から、全国の農家に供給するほどの量を国内で増殖させることが困難なため。結果、十勝牧場で採取された種子が、多くの農家で「もと種子」として利用されているわけです。
十勝牧場における牧草・飼料作物の収穫量は、年間4000~5000トンにも上ります。これは場内の家畜の飼料として利用する他、災害時の畜産農家への支援用としても備蓄されているのです。こうした目的のための備蓄があるのも、十勝牧場の大きな特徴です。
また、十勝といえばばんえい競馬が有名ですが、十勝牧場では、ばん馬の優秀な種畜の供給も行っています。他に、乳用牛に関する取り組みや、動植物の貴重な遺伝資源の保存、さらにはその特性調査などなど、業務の内容は実に多岐にわたります。まさに北海道の、そして全国の畜産業や農業にとって、大きな役割を担っているのです。
今後も十勝牧場では、国が進める改良増殖目標に沿って、優秀な血統を育種し、農家の経営安定に寄与していくことでしょう。私たちがおいしい和牛を食べられるのも、おいしい牛乳が飲めるのも、こうした十勝牧場の下支えがあってこそなのかもしれません。