ぼくの暮らすまち

2019.05.01 トカチナベ編集部

私の暮らす街、小樽。

十勝では毎年約2,000人もの高校生が進学で地元を離れ、遠く東京や札幌で新たな生活を始めます。彼らが暮らす街はネットやテレビで見ていた街とは、少し異なる身近な生活空間。故郷を離れた大学生に自分たちが生活する街の一部を綴ってもらいました。

小樽商科大商学部4年生
中川万優理

北海道・札幌から車だと高速道路の札樽(さっそん)自動車道を使って1時間。電車だと窓から海を眺めながら30分ちょっと。ほんの少しだけ遠出しようかな。そんな気軽さで遊びに来られる場所に小樽はある。

私は大学に通うために小樽に引っ越してきた。元々の出身は十勝の幕別町で、帯広南商業高校出身だ。そこから1人、こちらに引っ越してきて3年目。小樽の街の中はそれなりに歩いた方だと思う。

それでも歩くたびに新しい発見がたくさんある。街中にある古く重厚な銀行の支店の建物は、かつて北のウォール街として栄えていた頃の名残である。豊富な自然に古い建物、ビジネスホテルなどの現代的な建物が混ざり合う街並みは、ふとした瞬間を切り取るためにカメラを向けたくなる。

そんな、私の大好きな小樽を紹介しよう。

●海の外につながる街「小樽」

「すいません! 行き先って商大ですか?」

「いえ違いますけど」

「あ、そうでしたか。すいませーん、そっちの人、商大行きます?」

「行きます!」

タクシーに乗ろうとしていると、一人の若い女性に声をかけられる。服装を見るに大学生のようだ。「いえ違います」と言えば、今度は後ろの人にも同じように声をかける。他人行儀な声のかけ方からしても、友人関係とは思えない。しかし、後ろに並んでいた人は、声をかけた人と同じタクシーに乗り込んでいった。

みなさんには、多分こんな経験はそうそうないだろう。しかし、小樽では珍しくもない風景なのだ。なぜ彼女たちは声を掛け合ってタクシーに乗るのか。その理由は、小樽の街を見渡すと見えてくる。

きっと小樽を知る人の大半は海の町というイメージを持っているだろう。なぜ小樽は海のイメージなのか。旅人になった気分で、そのルートをたどるとよくわかる。まずたいていの人が小樽に来ると、たどり着くのは小樽駅。駅の改札を出ると、人々を出迎えるのは大きく視界の開けた道路と、その先に広がる海だ。

 この辺りは海が見えるように区画整理した過去があり、そのためにあえて道路が広く作られている。そのおかげで海まで遮蔽物もなく一気に見下ろせるし、磯の香りがここまで届いてくる。たまにかもめが鳴くのが聞こえるくらいだ。今まで海のない所に住んでいたから、こうしてふと感じる海はいつまでたっても私の心躍らせてくれる。

初めて小樽に来た人は、きっと海の方に歩いて行くだろう。小樽運河もあるし、観光街も海寄りだからだ。お土産屋さんが多く並ぶ小樽堺町通りなどは、十勝にいた人だったら修学旅行で立ち寄って見覚えがあるかもしれない。私が初めて小樽に来たのは中学の修学旅行だった。

おいしい海産物を食べたいのなら、駅のすぐ近くにある三角市場か、境町通りまで下りるのがおすすめだ。それ以外にも、個人的におすすめしたいのが喫茶店だ。小樽にはチェーン系のカフェが少ない代わりに、個人経営のクラシカルな喫茶店が多く、挽きたての珈琲も食事もおいしい。通りがかった喫茶店に飛び込んでみるだけでも、旅先で意外な出会いがあるだろう。

●海の街で、山に暮らす

小樽にはたくさんの旅人が訪れるが、実は近年、海外からの観光客が増えてグローバルな街になりつつある。観光客は惹き寄せられるように海の方へ向かうので、駅から海へ下がれば下がるほど異国の言葉が増えていく。大半はアジアからの旅行客だ。

 小樽市の公式HPによれば、2017年度の小樽の宿泊客数は約88万人ほどなのだが、そのうち24万人が海外からの旅行客だと言えばその多さが分かってもらえるだろうか。私自身もそんな観光街で働いているが、やっぱり海外からのお客さんはとても多い。 観光街を歩いてみるとほんの少しだけ海外気分を味わえるかしれない。

私の感覚では、小樽は駅を境に海側は主に観光客向け、山側はこの街に暮らす人たち向けに分かれている。

だから海側に位置する駅の周辺は、観光客向けのホテルが並ぶ。小樽駅を出てすぐ左手にはビジネスホテルがあるが、ここには私も大学受験のとき、そして合格してからの住居探しをするときにもお世話になった。

ホテルの他にも、雑貨屋や小樽名物「ぱんじゅう」を売るお店や食事処が並んでいる。もちろん、生活に欠かせない大型スーパーや商店街はあるが、市場には日本語以外の言語があふれるなど不思議な様相だ。

 しかし、山へ登るほどに民家が増え、スーパーや薬局など日用品を売っているお店が増えていく。山側がこの街に暮らす人たちのためのエリアだ。私が住んでいるのも山側。海抜90mくらいある坂の上だ。小樽駅から歩いて登ると30分、下ると20分かかる。駅までのバスもあるし、山側に位置する大学にも近いので、私自身は坂道だからといってそれほど苦労していない。大学からの帰り道、夜遅くなると市街地の夜景がきれいに見える。家賃は1DKにロフト付きで3万6千円。築20年を越えていると考えればだいたい平均的な額だ。

●商大生がタクシーに乗る理由

地獄坂、という坂がある。これは通称でも学生たちが付けたあだ名でもなく、道案内の看板にも記されるような正式な名前だ。この地獄坂を登った先にあるのが、私が通っている小樽商科大学。100年を越える歴史をもつ大学である。

 小樽商大の前身、小樽高等商業学校に通った学生たちは、夏は猛暑の中、汗を垂らしこの坂を上り、冬には深い雪をこいで大学へ向かったという。それは確かに地獄のような道のり出会っただろうと思う。小樽高等商業学校出身の作家、伊藤整の自伝的小説「若い詩人の肖像」にもこの坂を地獄坂とよぶ記述がある。彼は大正から昭和を生きた作家であり、彼の時代からこの坂が地獄坂と呼ばれていたことがうかがえる。

 そして、今でもほとんどの商大生が、この地獄坂を登って大学へと向かう。

夏は学生たちが汗をかいて登り、冬は下る学生が足を滑らせ悲鳴をあげるような、1年生にとってはかなりの強敵となる坂だ。家から登りで10分程度の私ですら、入学してから半年くらいは足がよく筋肉痛になった。

小樽駅からここまで徒歩で登ろうとするなら、たぶん人によっては40分くらいかかるのではないだろうか。商大生はそうやって登ることを「登山」と呼ぶ人もいる。反対に大学から駅や街にいくことを「下山」と言ったり、「下界」と呼ぶこともある。「今日はこのまま下山?」「んー、サークルあるからまだ」なんて会話もよく聞くし、寮生が「買い物するたびに下界するのはしんどい!」と愚痴をこぼすこともよくあることだ。そのため、商大生たちは交通機関を利用して商大まで来ている人が多い。

そして、

この校門にはよくタクシーが止まっている。先ほど駅のタクシー乗り場での会話を紹介したが、あれは実際に私の友人が小樽に遊びに来た際に体験した話だ。「大学生がタクシーで通学?」と驚く人もいると思う。私も小樽に来たばかりの頃は「タクシーなんて高くて使えない!」と思っていた。

しかし、実は使い方によっては、タクシーの方が安い。タクシーを使うと小樽駅から800円。4人で乗り合わせればと、なんと200円でタクシーが利用できるのだ。一方で小樽商大行きのバスは220円。4人で乗り合いにすることができれば、タクシーの方が安くなる。しかも、好きなときに確実に座って大学に行けるというのだから、商大生がタクシーを選ぶのもうなずける。駅前で商大生が声を掛け合うのも日常である。

小樽商大は小規模ながら、語学に力を入れていたり、本格的なゼミが多かったりとやれることは多い。いくつかのベンチャー企業も誕生しているくらいだ。お互いに声を掛け合ってタクシーをシェアできるような商大生。きっと小規模なチームを作ることには慣れているのだろう。

●試される北の大地「小樽」

小樽の冬は、世界が雪の街に一変する。さすが「試される大地」と称される北海道にある小樽である。ちなみに小樽で過ごしていると秋という感覚はあまりない。夏から、ほんの少しの秋を挟んで、すぐに冬の寒さになる。

十勝に居たときはなかった、毎日のように降る雪。最初は毎日朝起きるたびに驚いていたけれど、来る日も来る日も雪だから、さすがに2回も越冬すると慣れてくる。外に出るたび吹雪なんて日が続くこともざらにある。

私の住んでいる家の前はよく雪で埋もれかけて、人が歩くたびに出来る踏み固められた道でなんとか移動できるくらいだ。雪かきは、毎日降り積もるせいもあってやる気が出ないというのが正直なところ。あまりに雪が降るせいなのか、屋根から落ちた雪が家の網戸を破って攫っていったときは流石に驚いた。2年目に張り替えた網戸もさらわれていったので、今年はもう張り替えてすらいない。

そんな小樽の冬の平均気温は地元の十勝・幕別よりも高くて、少しだけ暖かい。でもどっちもどっちで冬は大変なのが北海道である。

海と山、そして雪。小樽は北海道らしさが詰まった街、小樽。どれだけ歩いてもきっとこのまちを知り尽くすことは難しいのだろう。それでも暮らしているうちに、なんとなしに新しい顔を坂の向こうからひょっこりと覗かせてくれる。海が呼び寄せる新しい人とのつながりも、坂が作り出す小樽で生きる人たちのつながりも私は大好きだ。人と人とをつなげる街。

それが私の暮らす街、小樽だ。

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