十勝にはたくさんの温泉がありますが、中でも、コアな温泉ファンにぜひおすすめしたいのが「然別峡(しかりべつきょう)かんの温泉」です。山深い場所に位置し、時にエゾシカやクマが出没し、携帯電話も圏外。なかなか困難な場所にありながら、それでも訪れる価値のある温泉、それがかんの温泉なのです。100年以上も人々を魅了し続けてきたかんの温泉に、迫ってみましょう。
然別峡のユーヤンベツ川にて温泉が発見されたのは、明治40年頃のこと。明治44年には、もう温泉宿が営業を開始していたといいます。「かんの温泉」と呼ばれるようになったのは、前オーナーである菅野祐喜氏が昭和16年に権利を譲り受けてから。さらに平成24年には現オーナーに受け継がれ、平成26年8月19日に現在の施設がオープンしました。
かんの温泉は山深い場所に位置していて、交通手段もなく道路整備もままならなかった昔は、どんなにか困難な道のりだったことかと推測できます。それでも多くの湯治客から「治らぬ病なし」と親しまれてきたのです。
実は宿の周辺には、数多くの源泉が自噴しています。かんの温泉では、そのうち13の源泉を利用し、なんと11もの湯船を用意しています。もちろんすべて源泉100パーセントかけ流し。温泉ファンならずとも、どの湯から試そうかとワクワクしてしまうことでしょう。
ただし、ひとつお断りしておかなければならないことが。当時ニュースになったので記憶にある人もいるかもしれませんが、平成28年9月の台風10号により、かんの温泉は相当な被害を受けました。そのダメージは一時休業を余儀なくされたほどで、今なお使えない源泉が残っています。崖崩れも起きたため、取材時にはまだビニールが張られている箇所もありました。今年(令和元年)中には治山事業復旧工事が完了する予定です。
それでは、さっそく温泉施設を見ていきましょう。まずは、アイヌ語で「幸せ」を意味するイナンクルのエリアから。ここには露天風呂も含め、全部で4つの湯船があります。
まずは脱衣所から入って右手にある、イナンクルアンナーの湯。アンナーは女言葉の語尾で、つまり「幸せになろうね」という意味なのだとか。無色透明の混合泉です。
脱衣所から入って左手にあるのが、イナンクルアンノーの湯です。男言葉のアンノーが語尾について「幸せになろうぜ」という意味。
奥の洗い場を通り過ぎると、2つの露天風呂があります。春鹿呼(しゅんろくこ)の湯と、秋鹿鳴(しゅうろくめい)の湯です。ただし、秋鹿鳴の湯は残念ながら入ることができません。(※令和元年11月現在)
右側にある春鹿呼の湯は、ややぬるめの泉温。熱い湯が苦手な人も、ゆったりと入ることができます。
イナンクルの次は、ウヌカルと呼ばれるエリアへ行ってみましょう。イナンクルとウヌカルは、日替わりで男湯と女湯が交代します。ウヌカルはアイヌ語で「出会う」という意味があり、このエリアには露天風呂を含め、全部で5つの湯船があります。
脱衣所から入って左手にあるのが、「また会おうね」という意味のあるウヌカルアンナーの湯です。ツルツルした感じの湯は、少し鉄の味がします。
脱衣所から入って右手、洗い場の奥にあるのが「また会おうぜ」という意味のあるウヌカルアンノーの湯。復旧工事が完了すれば、窓からは季節ごとの景色を眺めることができます。
ウヌカルアンノーの湯のさらに奥には、何やら趣のある通路が。ウヌカルの3つの波切の湯へといざなってくれる階段です。
3つのうち、いちばん大きな湯船を誇るのが、波切(なみきり)の湯です。なんともいえない風情があり、湯量も豊富です。一方、その奥にある小さな湯船はシロカニペ(銀の滴)の湯。源泉が岩肌を伝って湯船に流れ落ちます。
もうひとつ、写真には写っていませんが、同じ場所にコンカニペ(金の滴)の湯があります。こちらは、台風の被害のため入ることができません。(※令和元年11月現在)
さて、かんの温泉は日帰り温泉はもちろん、宿泊することも可能です。こもれび荘と名付けられた宿泊棟にあるのがイコロ・ボッカの湯です。日替わりで男湯だったり女湯だったりするので、入浴の際は注意してください。半露天で、足下湧出の珍しい温泉。ちなみにイコロ・ボッカとは「宝物が湧き上がる」という意味で、まさにこの温泉にピッタリ!
ちなみに写真に写っている、管につながって湯船に沈んでいるものが見えますか? これは宿お手製の熱交換器で、夏季に熱くなり過ぎる湯温を調整しています。
宿泊棟を出て、木製の月影橋を渡ると、その奥にあるのが貸切家族風呂の幾稲鳴滝(いねなるたき)の湯です。日帰り入浴のお客さんでも14時まで利用可能なので、こもれび荘のフロントで空き状況など確認してみてください。
ここで、かんの湯での宿泊利用を検討している方に注意点を。かんの湯ではWi-Fi環境は整っていますが、携帯電話は圏外でつながりません。また、電気は自家発電で、テレビもBS放送しか映りません。
裏を返せば、日常の喧噪から完全に解き放たれて、純粋に温泉を堪能できるということ。瑣末時なんてすべて頭から取り払った状態で湯につかれば、きっと極上の時間を過ごすことができるはず。本当に温泉を愛する人にこそ、ぜひ訪れてほしい場所なのです。