北海道を思い描く時、だだっ広い草地で牛の群れがのんきに草を食んでいる風景をイメージする人も多いのではないでしょうか。しかし、そうしたパブリックイメージのような放牧を行っている牧場は、実は北海道でも7パーセントにしか過ぎないといいます。そんな中にあって「ありがとう牧場」は、まさに放牧酪農を推進し、実践している牧場なのです。放牧酪農とは一体どんなものなのか、ありがとう牧場の代表にお話を伺ってきました。
ありがとう牧場は、足寄町の市街地から車で約15分の場所にあります。牧場面積は約100ヘクタール。その広大な土地で、牛たちがのんびりと思い思いに過ごしています。
牧場には約100頭の牛がいて、そのうち搾乳牛は60頭。あとは昨年(2018年)生まれた20頭と今年(2019年)に生まれた24頭の子牛たちです。(※トップ写真は子牛たち)
代表である長野県出身の吉川友二さんがありがとう牧場を始めたのが、2000年のこと。もともと農業がしたくて北海道の大学に進学し、卒業後は有機農業の農家を巡って修行したそう。さらにニュージーランドで4年間酪農を学び、日本で放牧酪農を普及させようと決意します。その理由を教えてもらいました。
「ひとつは、牛のため。放牧の牛は、畜舎の牛に比べて1年以上長生きするんです。畜舎ではコンクリートの上で、草の代わりに穀物などエネルギーの高い餌を健康を損ねるギリギリまで与えます。しかし放牧では牛が野山を歩き回り、草を食べます。そして牛には、牧草地をつくり出すという素晴らしい力があるのです」(吉川さん)
「つまり、牛が草を食べ、ふんをすれば、それが土となり、栄養価の高い草が生えてきます。シンプルな循環で、地球環境にも実に優しい。これが、放牧酪農を広めたいと思う、もうひとつの大きな理由です」(吉川さん)
子牛が生まれてから乳を出しはじめるまでに、2年かかります。一般的に、今の牛は2.5頭の出産で淘汰されるので、搾乳牛が100頭いる規模の牧場なら、毎年40頭の後継牛が必要な計算になります。これが、放牧によって牛が長生きして4頭出産するとなると、後継牛は25頭で済むのです。
「実は牛のげっぷには、メタンガスが含まれているのをご存じですか? しかもその量は、地球温暖化係数で二酸化炭素の25倍にも上るんです。つまり頭数が少なくて済むということは、牛のげっぷに含まれるメタンガスが減るということに繋がるわけです」(吉川さん)
また、ありがとう牧場では1月と2月は牛も人もお休みするのだといいます。
「12月末に、来春の分娩に備えて搾乳は終わりにします。3月から分娩が始まって、濃い牛乳がとれるようになります。子牛が育ってお乳をたくさん飲むようになると、味わいは少し薄くなります。10~11月に子牛が離乳すると、再び濃い牛乳になります」(吉川さん)
放牧酪農だからこそ、1年を通じて牛乳の味わいにも微妙な変化がみられるのだそう。
吉川さんのお話を聞いていると、その牛乳をぜひ飲んでみたいという思いが高まります。購入したい人は、足寄町の道の駅「あしょろ銀河ホール21」にて購入可能です。足寄に訪れた際は、ぜひ道の駅にも立ち寄って探してみてください。
最後に、吉川さんの目指すところについて、伺ってみました。
「北海道の酪農家すべてに放牧してほしいですね。農村人口が増え、スイスに根づいているような農村文化が育ってほしい。牛と人とがセットになって農村に点在している環境なんて、最高じゃないですか」(吉川さん)
そのためには、どうすればいいのでしょう?
「北海道には耕作放棄地が多く、うちもそのひとつでした。それが牛を放つことで魅力的な土地に変わったんです。だからたとえば、放牧学校みたいなのができたらいいなぁと思います。放牧酪農家が増えて、耕作放棄地となっている場所に牛を放つ人が多くなればなぁ、と」(吉川さん)
壮大な夢ながら、放牧酪農の素晴らしさを発信していくことで、吉川さんは確実に一歩ずつその夢へと近づいているのでしょう。