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2018.11.01 トカチナベ編集部

150年前からスタートアップの聖地、十勝

150年前からスタートアップの聖地、十勝

一冊の本が、一つの街の姿を変えることがある。
2010年に著書『グリーンネイバーフッド』を発表し、米国オレゴン州ポートランドの魅力を世に知らしめた吹田良平氏。ACE HOTEL PORTLANDのロビーを写した表紙、パール地区再開発を巡るインタビュー記事、そして「Walkable(歩いて楽しめる)」なポートランドの街のシーンを切り取った数々の写真のインパクトから、日本におけるポートランドムーブメントが生まれていきました。その影響は2016年に帯広駅前に誕生したHOTEL&CAFE NUPKA(ヌプカ) www.nupka.jpにも及びました。同ホテルの基本構想作りプロジェクト(2014-2015年)に参加し、実際に十勝・帯広での滞在時間を過ごしたのちに「ホテルで街をつくる」という重要コンセプトを提唱された吹田良平氏。2018年4月に発刊した雑誌「MEZZANINE Vol2」のプロモーションで十勝に再訪した。

十勝のもつ圧倒的なスケールと強さ

—十勝の第一印象はいかがでしたか

「いきなりホテルヌプカのオーナーに、氷点下10数度の街に連れてこられたので、この人無茶する人だなあ」というのが第一印象でした。正直、メインストリートは歩く人も少なく、寂しい印象を持ちましたが、夜になると非常に活気が出てくる。あとあと聞くと、十勝エリアの中で唯一の中心市街地として、十勝中から歓楽を求める人がいらっしゃるらしい。そういう意味では、ここは帯広と言うより十勝エリアにとって最後の砦という意味で重要な場所なんだと感じました。

飛行機から帯広をみると畑のサイズが本州とは全然ちがう。自分のスケール感が狂う程の大きさで、アメリカ中西部の大規模農業に近いですよね。そのダイナミズムはカルチャーショックでした。聞くところによると、欧州の農作機械メーカーの展示会(編集部注:「国際農業機械展」)が4年に一度開かれている。正に東京を軽々と飛び越えてヨーロッパとダイレクトに繋がっているスケールの大きさをここでも感じました。

地方都市の活性化を考えた場合、域内で経済が回っていないと限界がある。自立してないと、首都圏からくる企業に蹂躙されてしまう。域内のマネーの多くが首都圏に吸い取られてしまう。それが地方都市の衰退の一因ですが、少なくても夜は域内できちっと回っていることが確認できました(笑)。

空から見た十勝の風景

—十勝に来るきっかけは「HOTEL&CAFE NUPKA」とのプロジェクトですよね。

はい、中心市街地の活性化プロジェクトの一環としてホテル開発の企画に携わったのがはじまりです。そのときに提案したのが「ホテルアーバニズム」というコンセプトです。

一言で言うなら「街をいじるホテル」。ホテルというのは立地する都市の中に外部から様々な異物が混入する場と機会なんです。多種多様な人が街に混じることによって、いろいろな波紋ができていく。ホテルはそうした震源地になるべきだし、それが街を活性化するいいきっかけになる。

宿泊者はホテルの中にこもるのではなく街に繰り出して欲しいし、地元の人は自宅の縁側代わりにロビーで過ごして欲しい。そういった思いを「ホテルアーバニズム」に込めました。

—ホテルだけではなく、「どう街に影響を与えるか」を考えて企画されたんですね。

そうです。なによりホテルという題材がよかった。中心市街地を活性化するために、イベントを開催するのもいいけど、東京の人が考えた企画で一時的な賑わいをつくっても意味はない。

だけど、十勝の場合は「NUPKA」という場所をきっかけにして街を一緒に考えましょうという、オーナーからのお誘いだった。大文字の「街」から入るよりも、「ホテル」をきっかけにしたほうが街に具体的な影響や波紋を投げかけることができるんじゃないかと思ったんです。

HOTEL&CAFE NUPKAの外観
HOTEL&CAFE NUPKAの構想中の外観イラスト

「ガストロシティ十勝」構想

—ホテルが牽引する十勝の姿は、どういうイメージですか。

街のビジョンは「ガストロシティ」(美食都市)です。僕は「北海道の農業はB to Bが中心」という印象をもっていました。もちろん、B to Bも大切です。ただ、右手だけでなく、左手も使わなきゃ片手落ちです。B to Bが地域経済の基盤を作るインフラだとすれば、その上にアプリケーションソフトであるB to Cを走らせないと楽しくない。

ホテルというメディアを使うことによって、北海道の農作物を今までとは違う形で届けられるんじゃないかと思ったんです。素材じゃなくて料理としてね。ちなみに十勝とスペインのサン・セバスティアンは、人口がほぼ一緒です。かたや世界一ミシュランの星密度が高い国として、世界中から百万人以上の人が年間訪れるわけです。十勝も参考にすればいい。そのために例えば、空いているビルに学校を誘致してもいい。

—学校を作る?

そう。ミシュランの星を獲得しようとしたら、腕のいい職人さんをみつけなければならない。それよりは、ここに住みながら1~2年くらい料理を学ぶことも、十勝なら部屋が空いているからできる。留学の障害になるのは日々の生活費、中でも一番大きい出費は家賃ですから、それが解決するだけで海外留学生候補に対してはアドバンテージになる。東南アジアの人で、日本で寿司の修行をしたというお墨付きで地元に帰って大成した人を何人か知っています。

十勝の人は普段からいい素材を食べていらっしゃるから、舌のリテラシーが高いと思う。けれども、素材を加工していざ料理となった場合はどうでしょう。「こう加工するともっとこうなる」という体験はそれほど多くはないんじゃないでしょうか。

料理の送り手が増えてもっと発信して、市民が体験することによって一気に潮目が変わると思います。丹念に育てられた食材は丁寧に調理されて、よりいっそい美味しく食べられたがっています。それを皆で嚙みしめる。それが「ガストロシティ十勝」を実現するために起こしていく「クラフトフード運動」です。料理学校もその一環です。

—学校から新しい交流が生まれるでしょうし、たしかに料理学校ができるといいですね。

学校自体を、独自に作ってもいいですよね。行政主体に任せるより民間でやった方が軽やかだし意志決定も早い。民間がやって、行政は特区申請をして税制優遇やスクールビザの発券のような後方支援をしてくれればいい。

おもしろい街の持つ4つの要素

—著書の『グリーンネイバーフッド』ではポートランドをとりあげていましたが、どうしてあの時点で本にしようと思ったんですか?

ロハスっていう言葉がありますよね。あれはコロラド州ボルダーで生まれたコンセプトなんですが、それを調べに、2007年にボルダーに旅をしたのがきっかけでした。

まず成田からシアトルに飛んで、オレゴン州ポートランドを経由してからコロラド州ボルダーに入りました。でも、ボルダーは僕にとっては今ひとつピンとこなかった。軽井沢のような、高級リゾート地に見えたんです。軽井沢よりはリベラルですけどね。でもポートランドの街――なかでも110ヘクタールの都市再生エリアでは一瞬でアガッた。それでポートランドにハマったんです。

なぜその都市再生エリアに魅了されたのか。それは豊かな街に必要な4つの要素がすべて揃っていたからなんです。これは米国の都市研究家が提唱したお馴染みのセオリーです。

1つは「1つの街区(ブロック)の長さが短い」こと。ポートランドは街区の長さがだいたい70mくらいなんです。アメリカではふつう倍ほどある。ブロックが長ければ長いほど、ビルが建って壁になりますよね。もう歩きたくないですよね。逆にそれが短いと、少し歩けば交差点が現れ視野が開ける。人と会う機会も増えるし、第一、壁を見なくて済む。それが結果として「歩ける街」(walkableな街)を作るんです。

2つめは「新しいビルと古いビルの両方存在する」こと。新しいビルは当然、家賃が高いので利益を出してる企業しか借りられない。でもスタートアップのいない街っておもしろくないし未来もない。ところが彼らはまだ一人前の家賃を払えないので、古いビルが残ってないと居場所がないんです。

3つめは「住宅やオフィスなど、街は機能が複合している」こと。オフィス街はアフターファイブや休日になると人がいなくなってしまいます。そのため、東京の丸の内ではホテルや商業施設を複合させましたよね。そうすると、休日でもレストランやショッピングに外から人がやってくる。そうやって24時間365日、いろいろな目的で来街者が増えるので街が重層的に使われるようになる。特に起業家にとっては、仕事と遊びは分け隔てることができないワークライフハーモニーが基本です。そうなるとますます業種毎に居場所を分けるゾーニング制度は時代にそぐわなくなってくる 。

4つめは「一定程度の人口密度がある」こと。都市の起源は市場、すなわち交換する場所です。かつてはモノとモノとの交換でしたが、今ではアイディアとアイディアを交換して化学反応を起こすことが求められてます。つまり都市はセレンディピティ(思いがけない偶然)が起こってなんぼなんです。そういう習慣が恒常的になると街自体が実験場になる。いわゆるアーバンリビングラボです。都市が活性化しているかどうか、要はその街が面白いか否かは、多様なコラボレーションが起こっているかどうかで計れます。以上4つの要素がセオリーなんですが、ポートランドにはそれらが全部実装されていたんです。

『グリーンネイバーフットーー米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた』(繊研新聞社、2010年)
吹田氏が編集長を務める『メザニン』(年2回春・秋発行) テーマは、アーバンチャレンジ・フォー・アーバンチェンジ

—日本にも、ポートランドみたいな「豊かな都市」はありますか?

ビジネスでも中山間地域の井戸端会議でも、激しく情報の交換が起こっていたり、農作機械や食材や人手の貸し借りが頻発している場所は活性化している街です。街にはその街らしいコラボの形があっていいですからね。

一方、ポートランドにはそれ以外にもっとたくさんユニークな特徴があります。例えば、「競争より共創」とか「規模の拡大より生活の質を優先する」とか「何かに挑戦してないと、変な人に見られる」(笑)とか、独特のライフスタイルがあります。中でも日本で参考としたい点は「自分事のまちづくり」でしょうか。

例えば、普通は「ある程度、余裕ができてから、ちょっとボランティアでもしてみようか」という感覚じゃないですか。でもポートランドで取材した人たちは、ボランティアや社会的活動は、世のため人のためではなくて、自分のためにしてるんです。自分のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるために、街の活動に参加するのは当たり前だという感覚です。わかりますか(笑)。

十勝の21世紀のフロンティア・スピリット

—ポートランドの「自分事のまちづくり」は、どこに根ざしてるんでしょう。

おそらくフロンティア・スピリット(開拓精神)でしょう。約160年ほど前、アメリカのミズーリ州あたりからはじまったのが西部開拓の歴史です。オレゴンに行けば一定の土地をもらえるってことで、多くの人が幌馬車に乗ってロッキー山脈を越えて西を目指した。

運よく行き着いた人は、そこで農業を起業した。ロッキー山脈を超えるのは並大抵のことじゃないから、皆助け合ったことでしょう、それによって連帯意識が芽生えてくる。しかも時同じくしてカリフォルニアで起きたゴールドラッシュに目もくれず、そのまま初志貫徹してオレゴンで農業を始めた彼らは結束力が強い。それによってコミュニティ感覚が醸成されたんじゃないのかなというのが僕の見立てです。

—北海道も2018年で開拓150年目です。そのなかでも十勝は、民間で開拓した唯一の地域なんです。

僕は毎月、仕事で札幌に通ってるんですが、札幌はまるでミニトーキョーみたいに見えてしまいます。だから、札幌の人たちに「フロンティア・スピリットはどうしたの?」と聞いてしまうんです。生意気言ってすみません。

—十勝は東京に憧れていないですよね。東京を意識しても、同じになれないのはわかってる。

ポートランドには、”artisan quality, a little crazy”という感覚があります。「とことん真伨に質を追求したものづくりをするんだけど、どこかイカれている」っていう感覚です。ドヤ顔とは正反対、スキがあって憎めないんです。

十勝はどうでしょう。「皆さん信念のある物作りをされている。だけど、たまにどこかに奇妙なこだわりが見え隠れすることがある。いきなり不耕起農業家が現れて宇宙の真理を語ったり、ワイン造りに放蕩する野菜農家がいたり、、、。そこが超チャーミングで、それを知れば、その人間臭さを含めてその作り手を応援したくなりませんか。まずは地元の人同士がもっと知り合う場と機会がいる。たとえばローカルフードヒーローを決めるのもいいかもしれない。毎年1回、収穫の時期に、今年1年頑張った地元の農家さんの中からヒーローを選ぶ。がんばりの基準は事前にみなさんで好きに決めて、みんなで称える。そして皆で噛み締めて味わう。それで相互の顔が今より見えるようになればいいですよね。

あとは農業以外の産業を育てるのも大事ですよね。いろいろな人種がいて、多種多様な産業が起こることが重要です。今や失敗は次の成功のパスポートにしか過ぎません。批判する前に応援する。嫌な大人にはならない。揚げ足はとらない。そうすると挑戦する人も出て来やすくなる。ビジネスの面で新しい地平を開拓する人が出てきて、皆がそれを見守る習慣が醸成された時、十勝の街のアーバンリビングラボ化が始まります。

そしてそのきっかけをNUPKAが果たす。挑戦するものをコーヒーと笑顔とで迎い入れて、応援する。外からの旅行者もいるので、物作りでテンションが高い人でもNUPKAでは浮かなくて済む。だからNUPKAはアーバンリビングラボの前線基地なんです。

—最近の十勝はITも強いです。Farmnoteのようなアグリテックやロケット開発のインターステラテクノロジズのようなITベンチャーが増えています。

とてもいいですね。既にトラクターの自動運転もやってますし、十勝はアグリテックの温床ですね。農業のデジタルトランスフォーメーションで、十勝は日本一の最先端を突き進めばいい。今はリアルデータとバーチャルデータとをどう結びつけるかが伴になっていますよね。政府は「IoT(Internet of Things/モノのインターネット)で世界の覇権をとる」と旗を振ってます。そうしたなかで、十勝は農業とテックを掛け合わすことによって新たな世界を開拓する。

NUPKAでアグリテックのスタートアップを集めてピッチ大会をしてもいい。第一線の農家さんにメンター役になってもらって、Yコンビネーターならぬダイコンビネーターって名付けて。日本のドローンの聖地を目指してもいい。それこそ21世紀らしいフロンティア・スピリットそのものですね。十勝のブルーオーシャンはそこに開けている。フロンティア・スピリッツ溢れる北海道人が軽々と世界とつながって日本をリードする日も案外遠くないのではないでしょうか。って言い過ぎですか?(笑)、直しておいてください。

吹田良平/Ryohei Suita

吹田良平/Ryohei Suita

1963 年生まれ。(株)アーキネティクス代表取締役。MEZZANINE 編集長。大学卒業後、浜野総合研究所を経て、2003年、都市を対象にプレイスメイキングとプリントメイキングを行うアーキネティクスを設立。都市開発、商業開発等の構想策定を中心に関連する内容の出版物編集制作を行う。主な実績に渋谷QFRONT、「北仲BRICK & WHITE experience」編集制作、「日本 ショッピングセンター ハンドブック」共著、「グリーンネイバーフッド」自著等がある。2017 年より新雑誌「MEZZANINE」を創刊。

インタビュアー:坂口琴美・小船井健一郎
撮影:舩田治

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